2004.11.11

星新一がデビューしたころ

 で、「すっ、すばらしい ガンダム対ボッコちゃん史上最大の対決」への補足である。

 「あれ? 「ボッコちゃん」て「宇宙塵」からの転載だけど、処女作じゃなかったよな、と、チェックしてみると、かの星新一さんでさえも、完全版の書誌(ビブリオグラフィー)はまだないみたいなのね。

 そこでチェーック!

「自作の年譜」@星新一の世界
>昭和32年/1957年
>30歳
> SF同人誌「宇宙塵」に書いた作品「セキストラ」が江戸川乱歩編集の
>「宝石」11月号に転載となった。その号には仁木悦子の乱歩賞受賞後の
>第1作「粘土の犬」ものっている。つづいて「ボッコちゃん」「おーい
>でてこーい」なども「宇宙塵」から「宝石」に転載となり、同誌の常連
>執筆者となる。作家としては、まさに幸運な出発であった。

 1957年5月、同人誌「宇宙塵」創刊。発行は「科学創作クラブ」、代表は柴野拓美。UFO研究の「空飛ぶ円盤研究会」会誌「宇宙機」別冊として企画、独立。
 「研究会」会員でもあった星新一は創刊号にエッセイ「ある考え方」を寄稿。第2号(同年6月号)に中編「セキストラ」を発表、SF作家としてのデビューをはたす。
 ただし、活字になった作品には、これ以前にも1949年の「狐のためいき」(「リンデン月報」掲載)と、雑誌に掲載された「小さな十字架」がある。
 「小さな十字架」については、改めて確認した限りでは、「セキストラ」以前であることは確実だが、発表年次、掲載誌はいまだ不明であるようだ。また、「リンデン月報」の詳しい素性についは、やはり、手元の資料ではわからなかった。「リンデン」というと、計測器のメーカーの「林電工」が連想されるが、ここの設立は資料では1961年。PR雑誌であることは間違いないのだが。
 ツッコミよろしく。
 「宇宙塵」にはさらに3号(7月号)に「(落語)知慧の實」を、6・7号(10月11月号)には「火星航路」(上下)(『宇宙塵傑作選 日本SFの軌跡 1』、出版芸術社)を寄稿。
 「宇宙塵」の編集実務のほとんどは、代表の柴野拓美がおこなっていたが、最初の数号は、星新一が校正作業を手伝っていたという。
 同じ1957年暮れ、江戸川乱歩編集のミステリー専門誌「宝石」(のちの「月刊宝石」「週刊宝石」は同誌の誌名のみを継承)に「セキストラ」が転載される。江戸川乱歩への紹介者はミステリー作家の大下宇陀児。
 「ボッコちゃん」は、翌1958年、「宇宙塵」2月号に、同誌発表のものとしては3作目のSF作品として掲載される。この作品により、ショートショートという作品形態に開眼。
 ……、ごめん、手元の資料ならびにネットでは、「ボッコちゃん」掲載の「宝石」月号わかんなかった。
 そこらへんよろしく>ロートル諸君。
 1958年、「宇宙塵」に掲載された作品はほかに、「空への門」(3月、9号)、「環」(4月、10号)、「愛の鍵」(6月、13号)、「弱い光」(7月、13号)、「おーい でてこい」(8月、15号)と、「栓」(10月、16号)があり、言わずと知れた「おーい でてこい」以外にも「愛の鍵」が、のちに単行本に収録されている。
 翌1959年の同誌への寄稿は、小説にしぼれば「収穫」(1月、18号)、「タイムマシン」(3月、20号)「泉」、「遺品」(8月、24号)がある。
 1959年にはまた、最初の単行本『生命のふしぎ』が新潮社から発行されるが、これは「小国民の科学」と題するシリーズの一冊で、児童向けの科学解説書。
 1960年、書き下ろし作品が「宝石」や創刊まもない「ヒチコック・マガジン」にも掲載され、年末には、やはり創刊したばかりの「SFマガジン」にも12月号デビュー。「ヒッチコック・マガジン」の編集長は小林信彦。
 1963年2月、最初のSF短編集『人造美人』刊行。装丁は六浦三雄で挿絵はなし。この単行本は同年の直木賞候補となる。同年8月、2冊目の『ようこそ地球さん』刊行。装丁は真鍋博。
 『人造美人』が『ボッコちゃん』と改題、真鍋博のイラスト入りで刊行されたのは、1971年、新潮文庫から。
 で、ここで大疑問。はて、「ボッコちゃん」の、真鍋博によるイラストが実際に描かれたのは、この時はじめてなのでありましょうか?
 手元に古い「SFマガジン」がないので記憶だけで書くのだが、同誌掲載の『夢魔の標的』(1963)も確か真鍋博のイラストで、だあいぶ前から星/真鍋コンビは成立していはず。
 新潮文庫の『真鍋博のプラネタリウム―星新一の挿絵たち』は、アマゾンによれば入手可能なようだけど、手元になし。ここにはそこらへんのこと載っているのだろうか?
 教えて偉いヒト。

 典拠元。
星新一ひみつ倶楽部
ひみつリサーチ1001
初出誌リスト 作品編
「『宇宙塵』掲載主要記事一覧(創刊号~194号)」
「宇宙塵四十年史」編集委員会編、『塵も積もれば…宇宙塵四十年史』、出版芸術社、1997。
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装幀:江口まひろ
「SF書籍データベース、SF雑誌データベース」

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2004.11.10

復活の地への頌歌

 小川一水『復活の地』(ハヤカワ文庫JA)全3巻が完結した。
 傑作である。真摯な問題意識にもとづく、警世の、志の書である。

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 異世界SFの形をとっているがゆえに、その本当の創作意図が、特に若い読者、SF専業読者に伝わらないのではないかという危惧から、1・2巻の段階で、SFM筆者近況欄でプッシュ、あえてネタバレしたが、やはり、著者も同様のこと、考えていたのだろう。
 巻末の参考文献表では、あからさまといえばあまりにあからさまな文献がずらりとならんでいる。
 舞台は異星。人類が恒星間文明を構築、しかし、その超文明がうしなわれ、各個の星系が孤立して幾星霜。ようやく、恒星間交易が復活した時代の、小さな小さな個別星系内帝国のお話である。
 南に勇猛な先住民が抵抗をつづける星系内最大の王制をしく帝国。
 そこに未曾有の災害がおとずれる。超強力な地震である。
 政治体制は議会を有しこそするが、元老院を緩衝役とする王制。ところが、皇室メンバーのほとんどは地震により、死亡あるいは行方不明。軍、議会、官僚、そして、南方の反逆種族、さらには機をうかがうもろもろの星間帝国……。
 青年テクノクラートは、皇族の唯一の生き残りであ皇女との暗黙の同盟のもと、復興よ、やがて明らかとなる災害の再来とにったちむかう。
 地震災害そのもののモデルは、阪神淡路大震災。背景となる政治情勢は、関東大震災時の日本。
 いわゆるライト・ノベルの文保にのっとり、関係するものたちの、それぞれの「正義」、それぞれの「信義」が、キャラクターに具現化され、物語は展開される。
 これは、小松左京による「物体O」「日本沈没」「首都消失」に代表される、社会的国家的危機に対する「危機」を扱った緒作への直接のオマージュであり、阪神淡路大震災によって、われわれがかちえた、その「希望」という一点において、偉大なる先達をこえている秀作である。
 ハードな宇宙工学が題材であったがゆえに、ぼくは世評とは異なり、同じ小川一水の『第六大陸』は、あまりかわない。
 だが、この長編、はだがちりちりするような感動とともに読み進めることができた。
 とりわけ、政治背景に戦前日本を模したことにより、小松左京がネグッた天皇制の問題が正面から取り扱われていることは賞賛に値する。ちなみに、「物体O」では、天皇制は関東/東京絶滅とともに自然消滅し、『日本沈没』では,生き残りの皇族が亡命政権における象徴的役割をはたすとのみ、ほんの二言三言の記述があるきりである。


 もちろん……、
 もちろん……、ぼくが、1958年、まだ幼い頃に、静岡県東部をおそい、3千人以上の死者を出した狩野川台風に際し、狭い町内の傾斜路をかすめた土石流により、家屋全壊、あご近くまで泥に埋もれて死にかけたことがあったにせよ、また、阪神淡路大震災時には、直後の現地で、大阪で所要ののち、たった一日とは言え、かついでいった自転車で新大阪から長田近くまで物資配布のお手伝いをさせていただき、あの、パースペクティヴが狂った光景のさなかを走りぬけたことがあったからこそ、過剰な評価をいだいているのかもしれないのだが、だが違う。やっぱり、これは傑作である。
 なぜまた、帯に小松さんからの推薦がなかったのだろう、と考えたところで気がついた。
 過去のしがらみはいまだはれきってはいないのである。
 異世界SFという設定にまどわされずに読んでもらいたい、今、もっともアクチュアルなSFだ。
 モデルとなった人物については、巻末の参考文献に明らかだが、現実のポスト関東大震災と、この物語における「希望」の到来は、根本から異なる。
 なにしろ、現実の大正昭和において、復興のネックとなったのは、確かに大災害再来の危機であったが、当時に0おける「来るべき新たな大災害」とは、アメリカとの戦争による「空襲」の危機であり、求められたのは、それにそなえた、ただし失敗に終わった都市改造だったからである。
 後藤新平。日本植民地主義の最前衛における尖兵にして、震災復興にいどんだあまりに有能な技術官僚……。

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 オマージュの相手は小松左京ばかりではない。これは佐藤大輔につづく、あの司馬遼太郎が生涯かけてなしえなかったことへの、まったく新しい世代からの、回答の試みでもある。

 
 

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