2004.11.13

11月17日はシャアの誕生日!?

ん? 11月17日はシャアの誕生日!?

 例によって、ガンダム関係の、というか『Ms igLoo』(ああくそ、表記がややこしい。ちゃんとCSS勉強すればドイツの花文字で表示できるのだが)を検索してると、最新情報が必ずヒットするのは「神北情報局」か川口克巳プロデューサーの個人ページ「川口克己の趣味的ポピーワークス」か、それとも「むいむい星人の寝言」 ばっかし。
 ちぃっ、なあんか、とんでもない大昔からなじみのヒトだらけ、いや、だけじゃないか。
 ああ、今はなきNiftyServeよ……って、サンライズ・ステーションもSFフォーラムもまだ存在はしてるんだけど、閑古鳥かぁかぁかぁかぁ。
 パソ通最初のおつきあいの歴史フォーラムはこないだ消滅しまして、ご召喚により、最後のチャットをやったとこであります。

 で、ガンダムといえばの、しののめさんによる、
むいむい星人の寝言 を観てたら、
>ガンダムカフェDJ NIGHTの予定。
> ガンダムカフェの期間限定企画のDJ NIGHTですが、お店で貰っ
>てきた案内によると以後はこんな予定になってます。
> 11/12(金)KYOUMEN
> 11/20(土)HIROAKI special guest SOMA
> 11/26(金)DJ ATT
> 11/20は例のシャアの誕生日企画ですね。

 えっ? シャアの誕生日って、いつ決まったの?
 で、さっそくググルってみましたら、ううん、なるほど、今は11月17日ってことになってるらしいのだが、実は……
 こおゆう時、最後に出てくるのは2ちゃんねる。
 はい、倉庫にありました。
 シャア誕生日の設定の最初についての情報が。

シャアの誕生日
>8 名前: CASSBULL命!! 投稿日: 2000/10/10(火) 14:12
>むかーしむかーしのことじゃったー・・
(中略)
>だからアニメージュで第1回人気キャラコンテストがあってシャア
>が1位になるのなんて 愛しの大佐なんだから当たり前だとおもっと
>ったのじゃー。
>そして上位キャラのファイルカードが付録でついていたんじゃー。
>そしてプロフィールが・・・・
>って、前置が長かった?
>そのキャラファイルには
>宇宙世紀0059の9月27日生まれとなっています。

 で、いつ「11月17日」になったのか?
 今のところ、調べがついてません。

 そういや、『エヴァ』キャラの誕生日設定がいつできたのかについても、悩んだっけなあ。
 インパクトの日づけは画面見りゃわかるようになってたのだが……。

 ちなみに、シャアの誕生日が9月27日で、キャスバルの誕生日が11月17日とゆう妄想、あ、いや、説もあるそうです。

| | Comments (49) | TrackBack (10)

尾形さんてば……

 『あの旗を撃て!』というタイトルの本が刊行された。
 著者は尾形英夫さん。オタクならびに原オタクには言わずとしれた「アニメージュ」誌初代編集長である。副題に「「アニメージュ」血風録」とあるように、これは尾形さんのアニメ回想録。
 版元のオークラ出版の名はどっかで聞いたようなと思ったら、なあんだ、尾形さんの企画で『マッドハウスに夢中!』とか出してるとこじゃないか。

 で、こんな本です。
AnimageOgata.jpg
表紙画:宮崎駿(スタジオジブリ)
装幀:谷地内田哲夫(株式会社オープンハウス)

 実は、尾形さんとは、面識もろくになく、きちんと挨拶したことは一度もない。
 今でこそ、徳間という会社における、文芸のSFなど担当とアニメ部門の交流はさかんというかほとんど一体だが、当時はというと、社内的にはさして深い関係というわけではなく、僕がおつきあいがあったのはもっぱら、「SFアドベンチャー」がらみばかり。
 おまけに、ぼくのアニメ・ジャーナリズムとのつきあいもまた、もっぱら「OUT」だったもんだから……。

 そもそも、アニメの世界とからみはじめたのは、SF仲間のイラスト系グループとのつきあいからで、そこの人脈からできたガンダム同人誌「GunSight」をプロ出版としてグレード・アップしたのが、「OUT」版元のみのり書房から刊行され、現在は銀河出版から復刻版がでている『Gundam Century』。
 企画したのは前記ファングループの創設メンバーであり、『ガンダム』では脚本家として文芸担当だった松崎健一さん。ぼくは、企画側唯一の編集仕事体験者ということで、デスク役。みのりの編集部での実務は、つまり、僕と当時の「OUT」編集長、大徳さん。松崎健一が所属していたスタジオぬえとの連絡ならびに進行担当が、現在ぬえ社員で『種』の設定考証やってる森田繁さんで、イラストとか執筆などが、ご存知美樹本晴彦や河森正治、大野木寛らの方々。
 で、泊りがけでどしんばったんやってる間にも、「アニメージュ」や「アニメック」編集部の似たような話はもれ聞いていたのであるが、もともとSF仲間だった池田憲章さんなどをのぞけば、「メージュ」とのつきあいってあまりなかったんだよね。
 っていうか、当時の「アニメージュ」と「OUT」の関係ってばきわめて微妙で、『宇宙戦艦ヤマト』ブームにのって、サブカル雑誌、「アウトサイダー」をちぢめて「OUT」として発刊したはずが実質アニメ専門誌になったのが「OUT」。一方の「アニメージュ」は、日本で最初に、はじめからアニメ専門誌として出発した雑誌。しかも、親会社の紙屋のええと3階にあたるのか、胸突き八丁の階段あがったぼろぼろのフロアにある零細会社みのり書房に対して、徳間のほうは出発点こそ、「トップ屋」(ルポライターを指す当時の差別用語です)上がりの康快さんが作った野党的会社とはいえ、出版社としてはすでに「大」の字のつく会社。営業力の違いもあり、たちまち部数を伸ばしていったのだが、そこはそれ、偉いヒトの間にはいろいろとあるわけで……。

 で、そんななかで聞いてた噂を思いおこしながら、『あの旗を撃て!』を読んでみると、

 やっぱり、ほぼぴったし聞いてたとおりの方でした、尾形さん。

 「編集長」ってのは、映像の世界でいうと「プロデューサー」であり「監督」であり「シリーズ構成」でもありうるわけで、その中で、噂に聞く尾形さんは典型的なプロデューサー・タイプ。実務とか細かな企画立案とかよりは、「よっしゃ、これでゆけ!」って感じ。
 その印象がまんま正しかったことがわかりました。
 そうか、台割りやらなんやら細かい仕事は鈴木敏夫さんがやってたのね。なあるほど。
 で、元映画青年だった鈴木敏夫さんが宮崎さんと仲良くなるのは当然で、その中から『風の谷のナウシカ』コミック版の企画が生まれ、尾形さんがゴーをだし、会社を説得して、例の鉛筆原稿(下書きはアニメにならって青鉛筆)のまんが連載がjはじまり、そして、PRのはずが、尾形さんのそれゆけどんどんと、康快さんの英断でいつのまにか劇場映画へとふくれあがりってわけか。

 で、そんなこんながあるからには、「OUT」の名前が関係者執筆のコラムにしか出てこない(「アニメック」はまったく無視だし、「New Type」は「メージュ」移籍組がいるので言及)とこまではいいんですよ。
 また、尾形さんのプロデューサー的立場からすれば、編集部寝泊り組やプラスごく一部をのぞけば、プロになりかけ、なったばかりのオタク連中の顔と名前が一致しなくてもしょうがないとjは思うのですけど……。

 89ページの写真。
「1983年3月15日、梅名くん一行が上京した折り、森康二さん(前列中央)を徳間書店にお招きした。後列左端・梅名君、1人おいて筆者、右端は鈴木敏夫くん(写真は梅名くん提供)」
AnimageOgataAisanra.jpg

 思わず、ぶっとふいてしまいました。
 文中、梅名さんはフルネーム、「梅名英生」さん。神戸大学漫研のリーダーで、尾形さんがブレーンとして頼っていたお方。ご本人がよせられてるエッセイによれば、当時は大学院に在学、さらに、修士論文提出直前に大病をわずらわれ、アニメの世界からは長く縁遠かったとのこと。
 ううむ、だからなのだろうか?
 あのお、いっしょに映ってるのって、「関西の社会人ファンの方々」ばかりじゃないというか、関東の濃おい方々のほうが多いような気がするのですけど。
 しかも、うち一名は、このときすでに「アニメージュ」で仕事してたかどうかは忘れたけど、尾形さんが編集長在職の間に連載もつことになった「アウシタン」出身のプロまんが家なんですけど(汗)。

 いやあ、ちっちゃなことにはこだわらない、いかにも伝え聞く尾形さんらしいお話ではあります。

 追記。で、僕が聞いてる伝説によれば、ガンダムの型式名「RX-78」の命名は尾形さんってことなんだけど、これってもしかして、鈴木敏夫さんの方?
 教えて偉いひと。

 も一つ追記。『あの旗を撃て!』のタイトルは、尾形さんも書かれているように、日本の映画作品から。
 1944年、つまり大戦中の、東宝製作で、精確なタイトルは『あの旗を撃て-コレヒドールの最後』、監督は阿部豊で、脚本は八木隆一郎と小国英雄、主演は大河内傳次郎、「特殊技術」担当は、はい、円谷英二です。


| | Comments (33) | TrackBack (0)

2004.07.24

1/1スコープドッグ

 いやあ、こちらのハロ記事にトラックバックしていただいた「むいむい星人」さんによる「むいむい星人さんの寝言」サイトで教えていただいたんですが、世の中にはすごいヒトがいます

BottomsFactory.jpg
kogoro,monkeyfarm

 何がすごいかって、1/1実物大のスコープドッグをただいま製作中の方がいるのであります。
 しかも、であります。
 バンダイ・ミュージアムなどでなじみの、こうした大型造形、本物の戦車じゃありませんし、ムクの鉄(とか重金属)なんかでフツーは作ってません。
 実際、本物の兵器、飛行機や戦車だって、重量あたりの各種の強度が高い複合材料なんかが主流となっており、分厚い金属でまるごと装甲を作っちまうなんてのは、やむをえざる部分のみってのが最前提。
 それを、架空のメカの、あくまでも実物大の「模型」となれば、よもや、鉄板で溶接して……って、……って、やっちゃうか普通????!!!!!

MONKEY FARM-- make a huge robot
「根気と根性でスコープドッグを作る。もとい、ブルーティッシュドッグを作ってる。」

>自分の根性を試したくなった。
>昔からプラモデルとかは好きなので、模型雑誌とか立ち読みしたりするんだけど、、
>最近のプラモは接着剤もつかわないらしい。
>誰が作っても同じ感じで出来上がる。
>こりゃ、子供も作る事に楽しさを見つけられないわな。
>作るとは-自分だけの物を根性いれて実現させる事っしょ。
>最近でかいもん作ってないし、おとなの根性をみせちゃる。
>やることはは叩いて曲げてくっつける。
>基本はこんだけ、多分プラモとおんなじ。
>ちなみに鉄板厚は3.2ミリ、これより厚いと重くてかったるい。
      ^^^^^^^^^^^
>薄けりゃ薄いで溶接すると曲がってしまい作業性が悪い。
 あっ、あのお、3mm強圧の鉄板を切って叩いて曲げて曲面作って溶接ですかあ!?

 うわあ、本業がオブジェなど製作の「鍛冶屋」さんなんですね。門扉から舞台装置からアートな彫刻まで。
 なるほど、わかりました、まいりました。

 ううん、別口でメールさせていただいて、ロボットとは関係ないほかの作品も紹介させていただきたくてウズウズしてるんですけど、ごめん、とりあえず、2点だけ、無断で画像、引用させちゃってください。

BottomsHead.jpg
kogoro,monkeyfarm

 このすごさは、やっぱり見なくちゃわからないし、明日の7月26日は、『MS IGLOO』のスタッフ試写で、で、監督をはじめ、からんでるスタッフ、スコープドッグとなれば、ああた、教えたげたいして、で。許してつかあさい。

 現在の製作進行状況は、blog「なんでも作るよ。今は巨大ロボを作ってる。」にてフォロー。
 最近の記事は「July 17, 2004 1/1スコープドッグ製作 腕」
 「July 13, 2004 1/1スコープドッグ製作 サイトが出来た。」

  で、特製のPCもスチームパンクでたまらないのだが、近々、別口にて紹介。
「July 14, 2004 10㎏ノートパソコンとガチャガチャMac」

 追記 「bottoms」って単語をURLアドレス以外にはいっさい使ってないのもしぶいところ。


| | Comments (8) | TrackBack (0)