2004.07.04

吉本和子 句集

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装画:一原有徳

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装幀:吉本多子

 さて、「海外ボツ!News」の「一人の編集室」を読んでて、ふと思い出しました。

 「そおいや、吉本さんの奥さん、句集を出したんだよな」

 と、ここで説明が必要ですな。

 吉本隆明という一人の思想家がいました。
 あっ、「いました」なぞと書くと殺されるかもしれない^^;;;;;;;。

 1960年代。共産党と反共産党、二つの左翼政治潮流の中で右往左往していた知識人層に対して、「自立」と「生活者」の二つの概念からアンチの姿勢をうちだし、大きな影響力を与えた思想家にして、詩人、文芸評論家。
 その影響力は、1970年安保を前に、「情況派」「叛旗派」という政治党派をも生んだほどのものだった。日本の学生運動の長い歴史の中で、「詩人」を導師として結成された党派は、ここくらいのものであろう。共産同(ブント)を母体とする組織の例にたがわず、二派は分裂、精確には「叛旗派」がイコール吉本派ということになるが、ここでは詳しくはふれない。
 吉本隆明の思想は、同時代の政治的党派にとどまらず、広義のインテリ全般にとってはカリスマ的存在であり、ありつづけた。
 1980年代における、高度資本主義社会に一定の評価を与えることとなり、いいかえるなら、一種の「転向」を経て、浅田彰らニューアカのお父さんとして、マスコミの寵児となる。
 ただし、その特異な歴史観、社会思想は、ニューアカ業界を支えたさまざまな人々による援護と助言にもかかわらず、プロパーなアカデミシズムの最新の評価をとりこむことなく、また、アカデミシズムの側からきちんと受容されることなく、孤高な立場にとどまっている。
 むしろ、ある時代以後は、漫画化ハルノ宵子、小説家よしもとばななの父としてのほうが知られているかもしれない。

 吉本隆明という、今やノスタルジーの対象になりかけている人物が、信奉者にとってはどのような重みを持っているかは、ほかならぬ、「海外ボツ!News」「一人編集室」における鈴みつさんの書き込みを読んでいただきたい。

 で、その「一人編集室」の書き込みを読んで思い出したのだ。


 あれっ、そういえば、吉本さんの奥さんの句集が出てたんだよな。

 現代俳句には関心があり、読みはするが「専業読者」ではない。
 好みは渡辺白泉、佐藤鬼房、三橋鷹女、中村苑子、大西泰世(川柳)といったところ。
 短歌もそうらしいが、俳句の場合には特に「詠む人」(作る人)と「読む人」(鑑賞する人)との落差が大きい。
 総合雑誌もあることはあるが、流派や結社、同人の系列ごとにわかれ、また、それを前提に寄り合い所帯的な誌面となっているので、リアルタイムではどうにもチェックしづらい。
 ましてや、吉本隆明さんの詩や定型短詩(俳句や短歌)は趣味でないときている。
 一種、予断からする偏見を持ちつつ、ネットで書誌を確認してみた。
 なに、同じ地元の文京区であることだし、公共図書館に所蔵されてたら、くらいに思ってたのである。
 結局、文京区には所蔵されていないことが判明。だが、ウェブで調べてゆくうちに、地元の図書館にあるかどうかなんて、どうでもよくなった。

 数々あった紹介ウェブ・ページであるが、うちかなりのものは、吉本隆明さんの奥さんであることを中心に触れているだけで、実際の作例をあげている例はほとんどない。
 しかし、その数少ない作例を読んで仰天した。

 6月24日に「米沢時代の吉本隆明」を読んで記憶がよみがえり、25日の「理髪店で聞いた吉本さんの様子」が駄目押しで、ウェブでのリサーチを始めたわけだから、その翌日の土曜日には、現物を手に入れようと、団子坂から旧白山通りを経る都営バスに乗り、池袋にかけつけたことになる。

 めぼしをつけたのは、東口駅ビル、セゾンの書店リブロの「ぽえむぱろーる」。詩とアヴァンギャルドな小説、まんが、映画などを専門とする書店内書店だ。

 品揃えは、リブロがバブルとその後遺症で駄目になった時代にもここだけは抜群で、「現代詩手帳」なんて、1960年代のバックナンバーが当時のままの定価で買えたりする。
 短詩型については、相対的にちょと弱いが、「読む人」がいないギョーカイだけに、大型書店ですら、新刊の句集を、網羅的とまではゆかなくとも、横断的にチェックできる場所はほかにはほとんどない。神保町でも俳句を専門に扱う古書店は、世代交代もあって、実質的になくなったも同じになっているのだ。
 で、ここで、まず、第一句集『寒冷前線』をゲット。

 つづいて、池袋ジュンク堂に行き、まず、地下のコミック・フロアで、買い損なっていた、あすなひろしの作品集をさがす。

 2000年になくなられたのち、ご遺族の関係でホームページも作られ、自費出版の作品集も発行がつづいていると知っていたからだ。

 ……、と。
 エンターブレインから、商業出版として、『青い空を、白い雲がかけてった』(「少年チャンピオン」所載)と『いつも春のよう』(青年誌作品集成)が出ているではないか。しかも、7月1日からは原画展!
 こちらもゲット。
 おお、7月10日のアメリカ版『スパイダーマン2』公開にあわせて、池上遼一版『スパイダーマン』がメディア・ファクトリーから再刊中。販促ポスター、四畳半のやけた畳の上にうつぶせになったスパイダーマンの絵柄がたまらない。


SpidermanIkegami4.jpg

 寺山修司が脚本を担当した羽仁進監督の『初恋 地獄篇』を思い出させる。

HatsukoiJIgokuhen.jpg
ジャケット撮影:荒木経惟

 で、上のフロアの短歌・俳句コーナーをチェック。
 ここもさすがはジュンク堂で品揃えはいい。「詠む人」のためのガイド書まで含めれば、ぽえむ・ぱろーるの三倍くらいの規模だろう。
 ここでもつづいて、第二句集『七耀 吉本和子句集』をゲット。こちらは発売元が「七耀企画」になっているが、発売元・連絡先は深夜叢書社。

 よかった。どっちも手に入らなかったら、深夜叢書社に直接ゆこうかと思ってたくらいなのだ。深夜叢書社。短歌の齋藤愼爾さんの出版社である。

 いやあ、2軒まわって、二冊ともゲットできるとは、さすが池袋。
 紀伊国屋の本店が代々木の方が近い南口に移って以来、新宿は本探しに関してはだめだめの地になりさがった。
 今は、新本だったらジュンク堂のある池袋東口に行き、こっちで駄目ならその手前の、ライヴァルの出現でかなりによくなってるリブロでチェックというのが定番。
 ここでなければ、どこに行っても店頭在庫はないと考えてよい。
 もっとも、ジュンク堂という黒船のおかげで、西口の芳林堂本社ビル店も閉店しちまったのだが。
 で、さる事情で調べることになった都筑道夫の文庫本をチェックしてから、同じバスで帰宅。
 
 バスの中で、まず、あすなひろしさんの作品集をのぞき、ふうっとため息をついてから、吉本和子さんの句集を開く。

 すごい。
 三橋鷹女のケレンはない。中村苑子のぎりぎりにまで凝縮された、浅川マキのアルバム・タイトルにならって「ダークネス」と呼ぶべき暗さもない。

 さりげない。
 日常を日常のままに詠んでいる。
 だがしかし、日本の現代俳句における、宿業とでも呼ぶべき、「女流」の「台所俳句」の系譜からは無縁である。
 つっぱりつづけて壊れてしまった杉田久女、「癇症」とまで形容すべき鷹女の孤絶さ、どちらとも無縁で、しかも、ひそやかな表現の影には表現者の苛烈な精神が見える。

 専業読者ではないがゆえに、現代俳句の水準というものはよくわからないが、発刊たちまちその世界の話題になったのは当然だろう。

 解説で、俳人の宗田安正さんは、
「一見幼そうですが」「それぞれの表現も、もちろん細かい傷を見つけることはたやすいかも知れませんが、抑制すべきところはきちんと抑えられており、俳句として読める表現になっています」
 と、かなり手厳しい評価を一方でくだしながら、もう一方では、
「ここには杉田久女の教養の誇示もなく、橋本多佳子の媚態もなく、三橋鷹女の気負いもなく、しかも中村汀女や星野立子の日常レベルにとどまらず、かつそれらのすべてを踏まえた、しなやかで豊かな成熟した知的な女性の生活=精神があります」
 とまで絶賛しています。
 そもそも、比較する女性俳人のレヴェルが違う。
 日本の現代俳句史における巨峰と呼ぶべき女性俳人の面々と比べてもすぐれると、宗田さんは言っているわけなのだ。

 で、その作品は--。

 コンクにコンクを重ねた第一句集に比べると、第二句集は密度がいささかうすまっているが、しかし、台所俳句になりそうなぎりぎりのところがすごい。コンクさがうすれた点は、「捨てた」作と句集におさめたものとのギャップがすごいだろうなと思わせる、寡作で知られた中村苑子さんとの違いであり、ここだけについて言えば、ばんばん捨てるように詠んでいった三橋鷹女とも共通しているかもしれない。

 具体的な作例となると、悩むが、ここではあえて、次の五句を紹介しよう。

 去る肩に推理とどかぬ五月闇
 盆提灯悔いのみ残る死がふたつ
 黒蝶や帰る空なく黒く舞う
 挫折のみ語りていきぬ夏座敷
 医学辞典めくる指より梅雨の闇
 童女羽化母となる夜の星祭り

 実は、宗田さんの「幼い」「細かい傷」という評価はこの五句に対するもの。今、読み直して、完成された句集の、とりわけ第二句集の表現と比べると確かにあたっているかもしれない。
 なにしろ、この五句、和子さんにとっては、生涯七十年近くで最初に印刷物となった俳句作品なのだから。

 短歌ならともかく、句作に詠み手の人生を重ねるという読み方は趣味ではないのだが、しかし、これらの句は、そういった生臭い裏読みをスコーンとふっとばすだけの質を持っている。

 凩はつねに左の肺を吹く

 詩人にして思想家の吉本隆明と結婚、ひとつ屋根の下に二人の表現者はいられないと言われ、病弱な身でありながら、「試行」発行事務など、彼の活動のバックアップに徹し、吉本ばなな、ハルノ宵子の二人の娘を育てる。
 一九九六年、齋藤愼爾さんや宗田安正さんが中心の句会と同人句誌の活動に参加、発行部数二十部の句誌「秋桜」に最初によせたのが、上の五句だったのである。
 第一句集の栞に一文を寄せている黒田杏子さんは、齋藤さんから「句集を読めば、みんな驚くよ」と言われたというが、そりゃあ驚きます。

 句作をはじめた時期と、パートナーである吉本隆明さんの表現者としての仕事に、明らかな「老い」が見えはじめた時期との一致とか、吉本隆明論としての深読みも可能だが、むしろ注目すべきは、三橋鷹女の表現を借りれば「老いてなお」詠むことを選んだその選択が、中村苑子という現代俳句史の究極の到達点の、その人生とも重なることだろう。

 第一句集にそえられた栞は、さながら吉本和子応援団といったもので、吉本家おなじみの美容院のおかみさんも一文を寄せている。

 しかし、第二句集は、俳人としての評価の定着を物語るのだろう、帯によしもとばななの「私はこの才能のどのくらいを受け継ぐことができたのだろうか」とあるのみで、解説の齋藤愼爾さんも「吉本家では」と触れ、吉本隆明さんの一文を引用し、さりげなく暗示するのみ。
 この解説では、吉本隆明の妻であることではなく、漱石の「崖下の家」のような生活をする、東京生まれの東京育ちたる女性の、その生活者としての側面から、作品が論じられている。
 まあ、漱石の「崖下の家」(『門』)は小石川近辺であるのに対して、実際の吉本家は本郷台地の上の平地、古い古いお寺の吉祥寺のすぐ近くだったりするのであるが。
 ちなみにぼくの通いの医院は、吉本家のある一角から、通りをはさんでゆるい坂を下ったところにある。

 団子坂を下って床屋にゆき、谷中の墓地で隆明さんのお仲間や近所の知り合いと花見をし、ミステリー好きで、彗星到来と知るや知人に電話をかけて、ぜひとも星見をしなさいと言い、ちょうど俳句と同じように、ただし、こちらはも少し前にカルチャー講座でパステル画を学び、入院先になじみの床屋のおかみさんをよんで車椅子姿で散髪をして、ころころと笑う。

 そんなひとがこんな句を詠むのだ。

 火の外の闇へ舟漕ぐ薪能
 蝶あまた群るる夢なか吾も蝶
 桃買いに黄泉の比良坂下り入る

 第一巻にそえられた栞には、あじさいの花に囲まれた、娘さんといっしょのスナップ写真が掲載されている。
 白山神社のあじさい祭りは先週まで。

 凩はつねに左の肺を吹く

 「肺病」という言葉の持つ意味を本当の意味で実感できるものたちもまた、数少なくなってきている。

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2004.06.02

キャシャーンに雑俳、それからグノーシス主義

 昨日の分は純然たる日記。
 仕事のあと、映画にもゆこうと、ガッコのひとつで「ぴあ」をチェック。PHSでの検索もめんどいし、出先の端末もつかえたが、チェックだけなら「ぴあ」のが早い。
 ウッキー、じゃなくってヒッキーの旦那が監督してる『CASSHERN』を観ようと思ったのだ。
 なにしろ、毎月1日の「映画の日」で千円でもあることだし。
 すると、いまびのロードショーって、最終が七時前の館が多いんだよね。おまけに、あれだけワイドで報道されながらも、上映館数は少ないは小さなとこばかりだわ、早くも上映してないところは多いわで、新宿は駅から走らないと間に合わないしで、池袋の七時半からの回を選択。
 しかし、ロサ会館内? 池袋の西口にそんな映画館あったっけ。映画館が小さな私鉄駅にまであったころのことさえ記憶してるが、おぼえてないぞ。
 行ってみたら、ゲームセンター抜けて裏口からいったん出た地下。まるっきりサイバーパンクな世界なり。さらに、予告編のフィルムに、スクラッチによるのだろうチカチカの雨がふるという摩訶不思議な現象まで。たぶん、映写機の管理がしっかりしてないのだ。
 映画そのものについては別に書く(つもり)。

 本筋からははずれたところで、ひとつだけ。

 ひっくりかえったオリエンタリズムというのは『イノセンス』をはじめとして、今どき珍しくないが、この映画、中国語風の漢字とともに、キリル文字、つまり、ロシア文字を多用してる、ローマン・アルファベットも出てくるが、目立つところでは花文字というか、ドイツ風のひげ文字。
 実は、仕事の関係で、キリル文字は、一字ずつたどってなら、なんとか、ローマン・アルファベットへの翻字くらいはできる。チェルノブイリのときには、英文データベースを頼りに、国会図書館や日ソ図書館などが所蔵するロシア語の学会誌、専門誌、レポート類を、単語でたどり、図版類をチェックしたものであった。
 で、だからこそ、視界にちらつくロシア語が気になって、気になって……。「プ、プロチュ、ええ、プロチュ--、ええい読めない!」。どうせいい加減に書かれてるだろうけどねと居直ってみたら、あれりゃ、ラスト・クレジットによれば、ロシア語翻訳のスタッフがいるじゃない。
 だったらさ、「漢字」の方をしっかりしてほしいな。
 --どうせ、古色を決めるつもりなら、
 「亜細亜連合」はないでしょ、「亜細亜連合」は。
 だったらば、絶対に、
 「亞細亞聯合」でしょう。

 これっばかりじゃなくって、出てくる漢字、いわゆる「新字」ばかりじゃないか!

 ロシア語だけでなく、漢字の方のアドヴァイザーを確保してほしかったな。

 OS変えた関係で、『今昔文字鏡』というソフトでのチェック、今はできないが、「聯」の字はJISでこそないものの、MS外字のはずだし、確認してみたら、ココログの指定文字コードは世界共通、中国(大陸と台湾)、韓国の漢字も表記できるユニコード。フォントさえあれば自動的に表記されます。
 精確には、ユニコードのネット向けヴァリエーションである「UTF-8」コードですが。

 旧来のJISでさえ、例えば「異体字転」というフリーソフトを使えば、いかに多くの、いわゆる「旧字」「正字」が使えることがわかるはず。
 おっと、この異体字転の新版では、JISの「第3水準」や「第4水準」にも対応してる。
 この「第3水準」「第4水準」は、制定にあたっての不毛ないちゃもんつけや、どうせ、次期のユニコードには組み込まれることが決まってるとからという理由もあって、実装されてるソフトがほとんどないけど、日本で近代金属活字が日常的に使われるようになってからの用例があるものはすべて組み込むという原則で作られた画期的なもの。
 もっとも、ユニコードの普及は、そうした新ローカル・コード・テーブルそのものを不要なものにしつつあるのですけどね。だって、ユニコードのテーブルの方を使えばいいんだもん。

 いずれ、見本をここにものっけるけど、Winだと98の後期のヴァージョンのIE(NTはもとから)、Macだと対応ソフトの関係でヴァージョンの9以降だと、WordやExcel、IE、それにネスケも、ローカル・コードで書かれたテキストも内部的にユニコードに変換、つまり、ロシア語からハングル、タイ文字あたりまで、そちらのPCに対応フォントさえ組み込まれていれば、同じページに混在できます。IEやOffice、Winには、たった一種で全ユニコードに対応したフォントも収納されてます。

 だからこそ、ちょと見ると中国風の、でも、いわゆる「新字」ばかりの、中途半端な擬似オリエンタリズムは勘弁してほしいんだよね。

 おっと、そおゆう話題は、ちょっと昔になっちゃったけど、まだ入手可能な、わたしもしっかり寄稿してる『漢字問題と文字コード』(太田出版、1999)にゆずるとして、これは単なる日記なんだ、あくまで。

 で、映画を観るまえにまだ時間があるからと入ったロサ会館と駅前広場の間の古本屋「池袋古書店」が、かなり品揃えが豊富で、買っちゃいました2冊。
 あれ、いつの間にこんな本屋がと思ったが、考えてみると、もう何年も西口に出たことないのであった。

 さて、その2冊はというと、

 エレーヌ・ペイゲルス『ナグ・ハマディ写本--初期キリスト教の正統と異端』、荒井献・湯元和子訳、白水社、1982(原1979)に、
 佐藤紫蘭、『雑俳諧作法--言葉遊びのいろいろ』、葉文館出版、1999.

 なんだか、とんでもない組み合わせだけど、前者はいわゆる「グノーシス主義」に関する研究書。「初期キリスト教異端派を含む、「この現世は偽の神によって作られた、のろわれた世界である」という思想を扱ったもの。ナグ・ハマディ文書」とは、近年になってから発掘された、このグノーシス主義関連の古文書の総称。
 いずれも作者本人は意識してないけど、永井豪の『デビルマン』や『魔王ダンテ』、庵野秀明の『新世紀エヴァンゲリオン』について論考するときには必須の項目です。エヴァの「死海文書」はかっこよさそうな名前をいただいただけで、中身的には関係ない。
 詳しくは編著も兼ねた、ぼくの文章が載ってる『ターミナル・エヴァ』(水声社、1997)を参考のこと。同じくグノーシス主義とエヴァとの関係について触れた小谷真理の『聖母エヴァンゲリオン』(マガジンハウス、1997)はただいま品切れ、おそらく絶版。(付記。本人から文句。bk1だと見つからないけど、アマゾンからなら注文できます。詳しくは自己コメントにて)
 後者の版元の葉文館出版は、「月刊オール川柳」という、初の川柳全国誌を出して評判になったとこ。調子こいて単行本とかばんばん出してたら、あんの上、2000年に倒産。「雑俳」というのは、「短歌」(「和歌」には「長歌」もある)以外の、庶民向けの定型短詩の中でも、のちに言う「川柳」など、「俳句」をのぞいたものの総称。表記の本は雑俳のうち、特に江戸時代のそれを解説したもの。
 倒産の関係でもう手に入らないからと買ったのだが、今、調べてみると、旧葉文館の本のうち100点以上は、ジュンク堂やBK1などで入手可能。ただし、この本はやっぱり、手に入らなくなってた。

 「オール川柳は、へえ、こんなのも川柳でいいのだと投稿を始めて、入選したと思ったら、倒産により廃刊となったのだった。
 「オール」の編集スタッフはのちに「月刊川柳マガジン」(新葉館出版)で出直すことになったのだが、営業力の問題で再刊時には都内で入手可能な書店がほとんどなくて、ジュンク堂あたりでも手に入るようになった頃には熱がさめてたのである。

 ああ、やっぱり長くなってしまった。明日は原稿2本をあげなくては。でも、神林長平『膚の下』のレヴューは、もちろん、全部読んでいるのだが、確認のためのちょっとしたチェックすらも、とんでもない分厚さのおかげで大変なのだ。

 
 

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2004.05.30

春の日やあの世この世と馬車を駆り

 つい先日、出先で緊急入院、三日ほどは、酸素マスクつけて、心電モニターのピコンピーピコラってな音を聞きながら、あっちに行きかけてたりしてしまったのであります。
 ナースセンターのすぐ横ってことは、集中管理までははるか及ばずとも、いつ何があってものひとたち集めた部屋に入れられたわけで、まじにやばかったんですな。
 もっとも、三日後には、センターからいちばん遠い大部屋、ってことは、退院はまだまだおぼつかないが、手間はさしてかからぬ患者向けの部屋に移されて、一日八時間は点滴つけっぱなしとはいえ、すぐに自力で歩きまわれるようになったのであるが。
 季節はもちろん春。場所は世間でいうリゾート地。高台にある病室の、山側に向けられた窓の外には、満開の桜。
 桜といえば、その下には死体が埋まってるのがつきもの。「死」と「桜」ってのは、日本の危ない「伝統文化」だったりもするのですが、ここんとこは本筋の話の伏線。

 さて、病後、リハビリもかねて、遅ればせながら、『イノセンス』観てきました。
 引用の嵐を聞き飛ばしてると、
 「あれれれれ、もしかして今の、中村苑子?」

 聞きとばしってって書いたけど、別に引用元があらかたわかってのことではない。
 なんか、押井さんに対するばかげた過大評価と、ふんでもって、カルチャー通気取りの年いったオタクの自慢話が横行してるふしがあるけど、あの引用の嵐、そんなに奥深いわけでもないし、押井さんの世代にとっては基本常識=基礎教養ってのもウソ。ミルトンやデカルト、ウェーバーなどなど。同世代であり、同じSF好きで、1970年前後のあの時代の気分を共有してるから、引用元のおおよその見当はつく。ただし、前後の雰囲気で、なんとなくの見当だけ。
 おそらく、押井さん自身も、ええと、こんなん科白あったよなあ、と、ゴソガサ本を積みあげてはひっかきまわしつつ、シナリオを書いたのでしょう。

 きっと楽しかったでありましょうな。

 などと思いつつ、家に帰ると、さっそく、ググルってみたら、
 あっ、「俳句」について根本から誤解して、原典を紹介してるひとがいて、しかも、それをコピペしてる連中が山ほどいる。一瞬、「凧なにもて死なむあがるべし」「麗かや野に死に真似の遊びして」も、『イノセンス』で引用されてたのかと、自分の記憶力に自信がなくなるとこだったじゃないか~_~;)。

 いわゆる「俳句」は、その原型の「俳諧の連歌」とは違って、五七五で完結、俳諧の連歌冒頭の「発句」を独立して鑑賞するようになったものを、正岡子規が「俳句」と命名したのだ。複数の詠み手が、五七五、七七、五七五と続けてく「俳諧の連歌」の現在の呼び名は「連句」。「連詩」というのもある。
 だから、決して、一人の俳人の作品に、上の二句のようなんがそのままつづいてくわけじゃないし、「春の日や」以下三つの句が収録された句集『水妖詞館』(俳句評論社、1970)の中でも、順番には並んでない。
 この書き込みするんで、再確認してみたら、さすがに安易なコピペのページはほとんどなくなってたけど、逆に誤解の原因となったページはそのまま。
 おまけにさあ、「凧」は「いかのぼり」と読むのです。「なぎ」でも「たこ」でもありません。だって、これは教養の問題じゃなくって、上記の原典にちゃんと「いかのぼり」とフリガナがしてあるんだから。

 で、おかげさまで、リハビリもかねて、家じゅうに堆積した本の山をガサコソあさって、ひさしぶりに句集のかずかずなんぞを読みふけっております。

 長く入手がむずかしかった中村苑子さんの句集も、1990年代には再編集版が刊行されてよみやすくなったかなと思ったら、あれりゃ、単独の句集で、新刊として入手できるのは二つだけなのか。

中村苑子、『中村苑子句集』、高橋順子編、芸林21世紀文庫、2002.
中村苑子、『白鳥の歌  中村苑子句集』、ふらんす堂、1996。

 句集ってのは、初刊の部数が少ないから図書館でも読むのもむずかしいので、1980年以来の新刊を検索できる、TRC(図書流通センター)のブックポータルをあたって上で近くの図書館でさがしてもらいたいな。
 網羅的なリストというと、国会図書館の検索でもあたるしかないけど、幸いにも、芸林社21世紀文庫版は、第一句集『水妖詞館』や第二句集『花狩』と主要作品を収録した「花神コレクション」版『中村苑子』(花神社、1994)ならびに『花隠れ』(花神社、1996)を定本にしたものとのこと。

 というわけで、改めて読み直した中から、中村苑子さんのほかの句をいくつか紹介すると、

 流木を渉るものみな燭を持ち
 門火焚くやあまたの父ら濡れて立つ
 桃の木や童子童女が鈴なりに
 おんおんと氷河を辷る乳母車

 いやすごいですね。
 目をほかに移して、「乳母車」なら、橋本多佳子のこんな句も。

 乳母車夏の怒涛に横向きに

 はじめて読んだときには、中島みゆきの「見返り美人」と「土用波」を思い出してしまいました。
 橋本多佳子なら、単独の句集ならびに全集は新刊では入手できないが、『橋本多佳子 三橋鷹女集』(津田清子選、「現代俳句の世界」11、朝日文庫、1984)が、公立図書館などで、比較的手軽に借りられるはず。
 ちなみに、「東京都の図書館 横断検索」で調べると、2巻構成の全集『橋本多佳子全集』(立風書房、1984)は、5館に収蔵。意外なことに都立図書館は、多摩図書館にしか置いてません。
 都内なら、近くの区立市立図書館経由で隣接の協力図書館、都立図書館からの取り寄せが可能なので、まずは文庫版の方からお試しを。東京以外でも府県や精励指定都市単位での横断検索やってるところあるし、同様のサービスがあるはずであります。

 で、中村苑子の心の師、三橋鷹女なら、

 この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉
 女一人佇てり銀河を渉るべく
 千万年後の恋人へダリヤ剪る

 やはり、『三橋鷹女全集』(立風書房、1984)は品切れ。好適は、ほとんどすべての句を集録した、上記、橋本多佳子と同じ文庫の、『橋本多佳子 三橋鷹女集』(中村苑子選、「現代俳句の世界」11、朝日文庫、1984)がおすすjめ。

 そして、偉大なる先達中村苑子から、その志を継ぐものと絶賛された「俳人」なら
ぬ「柳人」(「川柳」のひと)大西泰世には、こんな作も。

 まばたけば億年の蒼見失う
 終末はくるかも知れず野は葡萄
 つぎの世へ転がしてゆく青林檎
 火柱の中に私の駅がある
 なにほどの快楽か大樹揺れやまず
 花のくび樹の首やがて男の頸(くび)
 藤房の両性具有して揺れず
 肉体というやっかいなもの藤袴
 満月の椅子少年を欲しがりぬ

 冒頭の句、音韻からすれば、「蒼」は「あお」ではなく、「そう」と読むのが正し
いはずです。為念。
 このひとの作品、ネットだと間違って引用してるとこが多いのでご注意を。たとえば、アナタのとこのサイトですよ、イトイさん。

 入手可能な句集は、げげげ、なくなってる。都内だと隣接協力館を使えば、ほぼどこでも取り寄せが可能かな。以下、三冊が刊行されてます。

 『椿事』(砂子屋書房、1983)、『世紀末の小町』(砂子屋書房、1989)、『こいびとになってくださいますか』(立風書房、1995)。

 てなわけで、『イノセンス』から始まって、やおいネタで落ちがつきました。ちゃんちゃん。

 PS。へへへへへへ中村苑子第二句集『花狩』限定五百八十冊中第三二一番本、持ってるもおん。

 付記(6月3日)
 中村苑子、『中村苑子句集』、高橋順子編、芸林21世紀文庫、2002.
 なんですけど、現物にあたってみたら、いわゆる袖珍版で、新書より小さなサイズのダイジェスト本でした。
 となると、
 じゃあ、
 中村苑子、『白鳥の歌  中村苑子句集』、ふらんす堂、1996。
 は、どうかいうと、77ページでこっちも豆本かあ。

 正直、ショックです。せっかく、『イノセンス』のおかげで、俳句知らないひとにも、少しは存在が知られるようになったかと思ったのに……。

 さらなる付記(6月4日)
 別件でbk1の検索がいいかげんなことが判明。アマゾンで調べなおしてみると、
 『中村苑子』、「花神コレクション」、花神社、1995.
 『花隠れ』、花神社、1997。
 の2点の注文が可能であることが判明(書き方が疑心暗鬼になってる)。

 万歳、この二つを抑えれば、中村さんのお仕事のほぼ全容がわかります。

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